UI デザインメモ - 10年前から変わらない浅薄なアナロジー

2008/06/08

ウェブサイトでも GUI なアプリケーションでもそうですけれど,UI(ユーザインタフェイス)を考えるときに,既存ツールのインターフェイスから類推してデザインすることがよくあります。例えば,ボタンのデザインなんかは典型で,何かのアクションのきっかけになるスイッチであることを,示唆します。

こうした話は,Windows が登場する前から盛んに議論があって,当時はバーチャルリアリティのアイデアとごたまぜになっていた感もありました。FM-TOWNS なんかはヒューマンインターフェイスの方面で頑張っていた覚えがあったけれども,どうも現実世界のインターフェイスとコンピュータの機能を実現する意味でのインターフェイスのアイデアがないまぜになっていて,結果的にはあまり使い勝手がよくなかったように覚えています。まぁ,当時はリソースがが限られていたから,現実世界のインターフェイスを満足に再現できなかったってのもあるんでしょうけどね。

じゃあ,コンピュータ上の資源が腐るほどある現在では,こうしたヘンチクリンなインターフェイスはないんでしょうか。あたしゃ思うに,どうも怪しい。

一番典型的なのは,セカンドライフのインターフェイス。内容は充実したけれど,FM-TOWNS がやってたことと対して変わりません。なんでモノを買うために,仮想世界を「歩きまわら」なくちゃいけないんだ。歩き回る不便をなくすために作られた,オンラインショッピングの意味がない。

一方,バーチャルリアリティの側面ではなく,UI デザインの話としてこの話を見る場合も,同じ不便さがあったりします。例えば,次のようなもの。

上のようなインターフェイスは,初めて使うときの「とっかかり」として機能はするけれども,何度も使うようになるとうざったくなってきます。それはいうまでもなく,コンピュータとそれに付属する物理的なインターフェイス(マウス,キーボードなど)が本来持っている機能を生かしきれていないから。

ここら辺についての古典としては,『誰のためのデザイン?』が有名です。高校生の頃初めて読んで,それから何度か繰り返し読んでいるんですけれど,今時の UI を考える上でもまず読むべき本だと思います。

コンピュータ周りの UI に限らず巷では,「普通はこうするでしょー」とかいって,「普通」を強調する向きもいます。けれど,そういうのに限って「普通」がどんなことなのか,言葉で説明できない。このときの「普通」は,大抵,主観的な思い込みであることが少なくないわけで,「普通はこうする」と言ったところで,何も語っていないのと同じです。

UI ってのは,誰でも何かしら言えちゃう分野だから,少なくともコンセプトを明らかにするような言葉は,持っていた方がいいんだろうな,と思ったり,思わなかったり。

Site Navigation
SNS Accounts (@aian)

普段はここら辺に住んでいます.