某氏の言っていることがいよいよ本当に分からなくなってきた

2007/05/04

えーと……一応注釈しておくと,クリリンとかじゃないので……。某氏というのは,某経営方面の有名人(テレビに出るような)のことで,以下はその方のブログを読んでいて思ったことです。ここでは,その人以外の文章について言及していません。つまり,あなたのブログの話をしているわけじゃありません(多分)。……と,これくらい書いておけば大丈夫かな。

経営者なる人の言っていることの中には,「耳にスンナリ入るんだけど,よく考えてみると意味不明」な話がたまにあったりします。普段,そういうときは,ちょっとネジが緩んじゃったかな,くらいの認識なんですけれど,あまりにも緩みっぱなしというか,もうネジなくなっちゃってんじゃない?な話を聞くと,もうやるせなくなってきます。で,某氏のブログを読んでいて,「あー…モウロクしたな」とか思っちゃったわけです。このガッカリ感は,その人に対するガッカリも当然含んでいるんですけれど,自分に対するガッカリ感も多分にあります。

もうネジなくなっちゃってんじゃない?と思うのは,論理の源(依って立つところ)が自分の立場なり成功なりにしかないときで,もはや普通の(論理的な)会話は通じないんだろうな,と思うときです。その人の手にかかると,「論理」という言葉すら,自分の立場で脚色されたモノになってしまうわけで……もう,なんつーか,なんなんでしょ。

話が通じなさそうだってのは,例えば,経営者が事業と全く関係のない話を語っちゃったりするときです。教育問題とか恋愛とかしつけとかいった話題にはアリガチ……。もちろん,こういうもんが彼の事業に入っているなら,まだ関連性があるというか,話のスジは通ります。けど,事業の内容にすらなっていない場合,それは普通のオッサンが言っていることと変わりがない。いくら(例えば)教育問題と自分を結び付けようとしても,そこには何の糸口もありません。教育問題なんかでは,自分の学生時代の話なんかを始めるのがアリガチだけど,そんなもんは普通のオッサンのオレ話以上の中身はない。それでも彼は,「オレ(の成功)」と「教育問題」とを結び付けようと必死になる……ここら辺の必死っぷりがイタくて,ガッカリするわけです。

あたしのスタンスとして,経営(学)なり経済(学)ってのは,「再検証不能なモノ」という位置付けにあるもんで,いわゆる「成功論」なり「失敗論」なりには,結果論が多分に含まれていると思っています。世の中の経済・経営の考え方には決定論的な考え方もあるけれど,そういうのは『π』の世界。健全な人には見えないずです。まぁ,いちいち言うことでもないんですが。

結果論から一般論を導出する方法は,通常「御法度」なわけですけれど,人生訓とか恋愛指南では,割と通ってしまいます。「何を言っているか」よりも「誰が言っているか」が優先されている,と言った方が正しいのかな。けど,ラショナルな議論は,こういうモノに汚染されてはいけない。憲法の議論もそう。……と思うのは,カタブツの考えることなんでしょうか,ね。

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